「はじめまして。イケママです。」

はじめまして。子連れ弁護団です。

 イラク弁護団では、「そのひとしずくがやがて地下水のごとく怒濤の源流となる」を合い言葉に、全国各地を報告集会にとびまわっています。 

 ただ,5歳の子どもがいる私の場合、「全国」というわけにもいかず、名古屋周辺を中心にお伺いしています。

 我が家では、イラク高裁判決の報告集会を最優先課題と位置づけ、家族一丸となって出かけます。集会の間,子どもとパパは会場周辺で遊んで待ってくれています。おかげさまで,今年の夏休みは,とよた科学記念館で何度も坂道ダッシュをしたり,新城で生まれて初めての川遊びをしたり楽しく過ごせました。報告会終了後,私を迎えに駆け寄る子どもに,「頑張って待ってたね」と参加者の皆様があたたかい声をかけてくれるのも子どもにとって思い出になっていることでしょう。

 ところで、パパも弁護士ですが、イラク弁護団には加わっておらず「イケベン」になり損ねました。それでも、山田朗先生がこの訴訟の尋問でも明らかにされてましたように、「後方支援も戦闘行。(byイケママ) 為に不可欠な軍事活動」に他なりません!心意気はイケベン。イケパパともども頑張ります。

★イケパパの4月17日判決の翌日,18日のブログにて,判決に触れていますのでご紹介します。以下転載です。
「ピクシー,ブラニスラブ・カペタノビッチに会う」
 名古屋サポなら覚えているはずだ,アンダーシャツに書き殴った"NATO STOP STRIKES"のあの文字を。
 こんな書き出しで丁度2年前こんなエントリーを上げた。
 1999年,NATO軍がユーゴ爆撃に使ったのは,悪名高きクラスター爆弾だ。内蔵された数百個の子爆弾を広範囲に散布し,そのうちの何割かを不発弾として残して地雷の役割をさせるこの爆弾は,戦闘終了後においても,それと知らずに触った一般市民を殺す。
とくに被害に遭うのは,遊び好きな子どもであって,故に,クラスター爆弾は「チャイルド・キラー」という忌まわしい名で呼ばれている。
 ブラニスラブ・カペタノビッチ(Branislav Kapetanovic)は,1965年生まれのセルビア人で,軍の不発弾処理技術者として働いていた。2000年11月,セルビア中部のクラリエボで作業中事故に遭い,両手両足と,片耳の聴力と,片目の視力の一部を,文字通り,吹き飛ばされた。20回の手術と4年のリハビリを経た彼は,NGOのスポークスマンとして,クラスター爆弾の禁止を訴えて,世界中を飛び回っている。
 そのカペタノビッチは,現在,クラスター爆弾全面禁止に消極的な国の一つ,この日本を訪れており,講演・キャンペーン活動を行っている。昨日は,グランパスのクラブハウスを訪れて,ピクシーと会談した。
 ストイコビッチ監督と会談 クラスター弾被害者の男性(中日)
 4/17(木):セルビア共和国・カペタノビッチさんがストイコビッチ監督を訪問(公式) 
 カペタノビッチは,ズベズダの大ファンであり,自らのアイドルであるピクシーと会えることをとても楽しみにしていたそうで,この日の対面を「幸せを超える幸せだ」と喜んだ。一方のピクシーも,故郷ニシュでも不発弾処理にあたっていたカペタノビッチを,「彼は私たちのヒーローだ」と讃えて,グランパスのユニフォームを贈って,サポートを約束した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 さて。
 直近でこの忌まわしい爆弾が使われた国はどこであるか。
 勿論,それはイラクである。
 この爆弾は,今日も,イラクで子どもを殺している。
 そして,折しもまさに昨日,名古屋高裁青山コートで下った歴史的判決が意味するところ。
 私も,
 そしてあなたも,
 アメリカの片棒を担いだ人殺しの一味にすぎないのだ。
 カペタノビッチの失われた手足とともに,我々自身の罪をも凝視しなくてはならない。
 それは我々に課せられた責務。
[PR]
by iraben | 2008-09-24 09:41
<< 「イケママ」とイラク派兵差止訴訟 9月14日違憲判決大シンポ開催! >>