都内の某女子大にて

27日、都内の某女子大学の講義の中で話をさせて頂く機会がありました。

去年も話をさせていただいたので、同じ映像じゃない方が良いかなとも思ったのですが、見ていない方も多いと思ったので同じ映像(西谷さんの「ジャーハダ」)を見てもらいました。

教室には150人くらいいたと思うのですが、みんなイラクの現実にショックを受けながら、でもしっかりと受け止めてくれていたようです。

映像の後、判決文のエッセンスを紹介しました。

前回話したときはまだイラク派兵が続いていましたが、去年12月に自衛隊はイラクから撤退をしたこと、これは違憲判決の成果で、普通の市民が声を挙げた成果なんだ、という話しをしました。

その後に、この裁判には、皆さんと同じ世代の人もたくさん原告として裁判に加わってくれたんだよ、声を挙げていくやりかたはいろいろあるけれど、まずは関心を持って、少しでも自分が出来る範囲で良いから行動していくことが大事だよ、ということも話させてもらいました。

それから、「平和的生存権」があるってことは「平和を作る担い手としての役割があるということなんだ」ということも話をしました。

そして、イラクや多くの国で、日本は「平和な国」だということでとても信頼されている、まさに9条はブランドだ、ということも話しました。

今回は、こちらから意見を求めたり、質問を受け付けたり、という時間を余りとれなかったので、学生さんの反応がダイレクトには分からなかったのですが、講義後に皆さんが出してくれた感想文を読ませてもらって、僕はかなりの衝撃を受けました。
皆さん本当に素晴らしい感性で受け止めてくれていて、感想文を読ませてもらいながら、僕の方が泣きそうになってしまいました。

それぞれ、自分の言葉で感想を書いてくれました。

「衝撃的で、悲しくて、本当に今こう書いていても悲しくて、やりきれない思いでいっぱいです」
「私たちが出来ることは、まず世界でこのような戦争があることをきちんと知り、9条があることを忘れずに平和な世界をみんなで考えていくことだと思う。」
「9条があるから信頼されている日本を私たちはこれからも続けていきたい。戦争に参加するのは簡単だけど、一度失った信頼を取り戻すことはとても難しい。日本が平和のモデル国となって世界に平和を広めていくとともに、今この事実を知った私たちが、些細なことからでも支援をしていくことはとても重要だと思った」
「この裁判には高校生や大学生もたくさん参加したと聞いて、少しでも世の中を変えられると思えたことは救いだった。3200人の一般の人の力で、違憲判決にたどり着いた。私も少しでも出来ることがあればしていきたい」
「DVDの『ブッシュよ、ここに住んでみろ。できないならもとの生活に戻してくれ』という言葉が、一番胸にぐさっと来た。戦争で奪われた命や生活はもう元に戻らない。戦争は取り返しがつかない」
「こんな惨劇を知ろうともせず、無関心でいた自分が恥ずかしい」
などなど。

「日本もまだまだ大丈夫。」僕はそう思いました。

一つ、映像の最後に『民衆の闘い」とあったことについての指摘がありました。平和を願うはずが、最後の最後に「闘い」を肯定するようなのでは矛盾ではないか、という指摘でした。これは僕の説明不足でした。

今イラクでは、アメリカの掃討作戦にも「テロ」にも反対するイラクの市民による「デモ行進」がたくさん行われています。この映像の最後で言っている「民衆の闘い」というのは、武力による「闘い」ではなくて、非暴力による、デモ行進などの運動を指して、「民衆の闘い」と言っているのです。説明が不十分でした。すみませんでした。

今日出会った皆さんは、これからもその感性で、いろいろなことを吸収していかれるでしょう。その中で、自分がやろう、と思えることに出会ったら、大いに迷っても、一歩を踏み出す方を選択してほしいと思います。

イラク訴訟も「小さな一歩」が積み重なって、今まで一度もなかった9条違反の確定判決、という成果につながりました。それが自衛隊を撤退させることにつながりました。

一人の小さな一歩がとても大事なんだ、ということが分かってもらえたら、今日話をした甲斐があったと思います。
[PR]
by iraben | 2009-04-28 01:02
<< 国会要請に行ってきました 北茨城へ >>